2009年07月03日

ワークショップ クロスカルチュラル理解


 
ご自身がアメラジアンであるStephen Murphy-Shigematu による。

3月のブログでかれの書籍を紹介した。

 日本のプロ野球に入ったアメリカ人選手の監督家族との文化すれ違いなどを素材に考える。 
  

Posted by 浅野誠 at 17:04Comments(0)学校
 

2009年07月03日

駐車場脇にサトウキビを植える


 理科学習?
 総合学習?
 なかなかよく育ち始めた感じ。
  

Posted by 浅野誠 at 16:57Comments(0)学校
 

2009年06月30日

DEFクラス−アブチラガマに入る

我が家近くなので私も参加
写真はガマに入る前の説明
学習の一環として実施
この体験をもとにしてどんな学びになるだろうか


  

Posted by 浅野誠 at 15:22Comments(0)学校
 

2009年06月27日

卒業生が、スクールの仕事に

 先日、スクールに行ったとき、卒業生三人が、オフィスの仕事、アフタースクールの仕事をしているのに出会う。
 とっても嬉しいことだ。
 前々から、スクールは、保護者、そして、卒業生をはじめとするアメラジアンが深くかかわって運営してほしいと期待していたが、それが現実のものになっている。
 できれば、教員免許をもつ卒業生が、先生や理事になって活躍する日を待っている。  

Posted by 浅野誠 at 15:56Comments(0)学校
 

2009年06月25日

教職員の相互授業参観

 このところの私は、月一回の職員研修の折に、スクールに出かける。
 昨日は、職員が授業を公開して、職員どうしで見合い、コメント、討論して、授業の向上を図るものだった。
 私の校長在任中にも、職員からの提案もあって、少しだけしたが、昨日のものは本格的実施だった。
 それだけ授業、共同研究が前進してきていることの反映でもある。わたしもスクールに行く時、できるだけ教室に行き、授業を見るようにしているが、授業は確実に良くなっている。一般公立学校に見劣りしないどころか、むしろ、公立学校からも見学にこられ、相互に学びあったらいいと思う。
 23日の沖縄タイムスには、AASOでのアメリカ人教師と日本人教師との協同授業が報道されていたが、これなどは、かなり水準の高いものだ。
 相互に語り合い、学びあうどころか、共同して授業を作りあう段階にまで入ってきたことは感慨深い。
 それだけ意欲と夢のある教師、力量と経験のある教師が集まってきたということだろう。
 授業主題の設定、流れの構成、教材・教具、生徒の討論の組み立て、教師の発言の仕方など、興味深いことが続出で、専門的授業研究の対象にしていく必要があろう。


  

Posted by 浅野誠 at 11:32Comments(0)学校
 

2009年05月22日

FD研修ワークショップとバイリンガルレベル 別のブログ記事

  19日にした教職員研修のワークショップのあらまし、どの程度のバイリンガル教育が必要か、ということをめぐって、私のもう一つのブログ『田舎暮らし 人生創造 浅野誠』に書きましたので、関心をお持ちの方、ご覧ください。  

Posted by 浅野誠 at 16:15Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年05月19日

久し振りに学校へ行く ハートビート 教職員研修ワークショップ

 三か月ぶりだ。
 学校につくと、生徒たちが声をかけてくる。
「せんせい、背が伸びたよ」と。確かにそうだ。どの子も大きくなっている。しっかりした雰囲気になった子も多い。
 なかには、「校長!」と言って近づいてくる子どももいる。この子は私が現職中も、そう言って声をかけてきた。アメリカからきて日が浅いので、日本語にまだ慣れていないのだと思うが、なぜだか心地よい。
  新しい生徒も多く、生徒数は80名を超しただろうか。

  職員室で、先生方といろいろと話す。
  生徒たちに、卒業するまでにどのくらいの英語・日本語力を獲得させたらいいのだろうか、などなど。これについては、長くなるので、別の記事に書くことにしよう。

  一時間ハートビートの授業を見る。先日のテレビ放映の次の時間だ。「平和と暴力」の討論がきっかけとなって、人々は働きすぎか、休みが少なすぎるかどうか、を討論したいという生徒の文を題材にした討論だ。
  これまた、興味深い討論へと発展していく。

  その後、教職員研修のワークショップを私がコーデイネイタ―になって進める。これについても、別途報告しよう。
  

Posted by 浅野誠 at 21:19Comments(0)学校
 

2009年05月16日

校長振り返りの記39 最終回 みんなで作る学校

 すごくchallengingな学校、アメラジアンスクール・イン・オキナワ、この学校の魅力は何だろう。
 ダブルの教育を必要としている子ども・親がいる、その必要を日本では公教育が実現してくれないどころか、必要性さえ認めない現状のなかで、それでは自分たちで作ろうということで始まった学校。
 それは、学校というと、「お上」の学校というイメージが強い日本のなかで、すさまじく画期的なことだ。
 多文化ということだけでなく、自分たちで作る学校、ということに魅かれて、私は校長に就任した。体力的理由で残念ながら退任したが、この学校の今後の発展に強い期待を持っている。

 そして今、親・子どもはいうまでもなく、教職員がすごく創造的に活動を展開していることを、とても頼もしく感じている。
 そして、この学校の存在そのものが日本の学校を変えていく、偉大なきっかけを作っているとさえ思う。
 19日、私は久しぶりに学校にいく。教職員研修のワークショップをするためだ。多文化ワークショップは以前から大変創造的で楽しいことは知っているが、今度で三回目となるアメラジアンスクール・イン・オキナワでのワークショップはとても楽しい。最近盛り上がってきているという教職員の共同実践を励ますものになればと願っている。

 連載が長くなってしまった。ここでひとまず閉じよう。
 このブログはもう少しは続けるつもりだ。

  

Posted by 浅野誠 at 17:04Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年05月15日

校長振り返り38――教師たちはなぜ魅力的なのか

 アメラジアンスクール・イン・オキナワの教師たちは大変魅力的だ。
 待遇は、公立学校と比べたら2―-3倍の違いだ。教育条件も大変なことが多い。それなのに、生き生きと創造的な教育実践をどんどんする。
なぜだろうか。振り返って考えてみた。
 
 まず二つのことに気づいた。
 一つめは、夢を持っていることだ。音楽で生きたかったという夢を話す方もいる。子どもが夢をもつことが夢だという方もいる。バイリンガル教育を日本で創造することが夢だという方もいる。
 こんな夢が子どもたちにも「伝染」して、子どもたちが生き生きする。
 夢は、子どもや若い方の専有物ではない。ベテランの方の夢もでかいのだ。

 もう一つ、多文化の背景を持つだけでなく、それを大切にしているから、子どもたちと世界を共有しているということにある。
 日本は単一文化だと思い込んでいる人を見かけるが、日本も多文化なのだ。早い話、ウチナー文化とヤマト文化の双方を持っている人は、沖縄ではほぼすべての人だ。
 アメラジアンスクール・イン・オキナワの教師は、もっともっとたくさんの文化を持っている方が普通でさえある。
 アジア・アメリカ・アフリカ・沖縄・日本と実に多様だ。アメリカは多文化を前提にしているから、アメリカからきたといっても、いくつもの文化を合わせもっている。
 アメラジアンスクール・イン・オキナワでは、そんな多文化を尊重し合おうという姿勢が、ごく普通なのだ。
 多文化を尊重し、夢を大切にする方は、当然日々の実践が創造的になってしまうのだ。だから、魅力的になってしまうのだ。
  

Posted by 浅野誠 at 20:32Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年05月11日

校長ふりかえりの記37 1学期の教育活動の充実発展   

  AASO10周年記念行事などいろいろな取組の前進を含んで、2008年度1学期は充実発展の時期であった。
  充実発展があるだけに、かえって私の職務は忙しくもなった。前向きなので、精神的にはやりがいに満ちた日々であったが、体力的にはきつくなってきた。5-7月に、校長退任申し出を含む、学校の運営体制の改善充実の提案などを理事会に対しておこなってきた。

  私だけがきついわけではなかった。私以上にこれまで学校をになってきた中心的な理事の方々への負担集中は大きなものだった。学校を長く安定的に維持し、さらに発展させていくためには、親がつくる学校であるので、保護者を中心に学校運営にもっともっとかかわる人を増やしていく体制づくりが必要だと考えたのだ。実際、保護者のかかわりは徐々にではあるにしても、大きくなっていった。
  また、それまですれちがうことさえみられた理事と教職員との意思疎通も深まりはじめたことは、学校の雰囲気にプラスの方向を築きだしはじめた。

  そして、この時期、教員の創造的な活動が豊かに展開したことを特筆しなくてはならない。これまでの教員に加えて、日米双方での学校体験・教育体験をもっておられる新しい教員が、その経験を生かして、新風を巻き起こしはじめた。それは以前の学校での体験を生かすというのに留まらず、AASOの教育活動づくりに、ご自分の思いと力量を発揮していけるという喜びの反映でもあった。

  実際、職員会議で討論されたことで、「いいことはどんどん直ちにやろう」という雰囲気が生まれてきた。そんななかで、日本語授業の時間割設定や中学生クラスの時間割設定などは、どんどん改良されていく。

  7月の夏休み冒頭に、ワークショップスタイルでの教職員研修を、私がコーディネイターになってもったが、その時の雰囲気は教職員の共同創造の志向を反映するものであった。一年前、多難な状況を含んでいた教職員関係の様子とは大きく変化していた。
  たとえば、こんなメッセージがだされた。
  「どのクラスでも、子どもたちと出会うのが楽しみなできごとが毎日ある」
  「〇〇先生は子どもとの接し方が素晴しく、先生に励まされて、子どもたちは自分の能力への自信をもってきている。」
  「クラスは子どもたちのものだ。子どもたち自身がクラスを運営する。クラス自治」
  「毎朝、クラスで歌を歌っているのがいい」
  「理科で、メダカを使って、実際に手に触れる学習をさせているのがいい」
  「生徒自身に『選択』させることを通して、生徒のなかに自信と責任をつくりだしている」
  「子どもたちの動きをじっと見守ることを通して、子どもたちの成長をつくりだしている」
 といった前向きの雰囲気を築きだすコメントが多くだされた。

  そして、7月までの教育活動を振り返っての提案として、こんなものがだされた。
 1)学級担任(英語教員)授業と日本語教員授業との結びつきをつくりだすこと。
  そのために、お互いの授業プランを共有する。実験的な共同授業をしてみよう。といった提案も登場してきた。
 この提案は、その後、教育活動を共有しあうなかで、実現の気運がたかめられていき、2009年度に入って、その具体化がはかられようとしていると、聞いている。
 2)生徒に安全と愛情あふれる雰囲気をあたえるために、職員の協力関係を深めること、職員会議の充実、理事と教職員のコミュニケーションの深まりなどの提案がなされた。
 3)この他にも、カウンセラーの設置、教材の豊富化、行事企画、など、多彩な提案が、教職員からなされた。

  こうした積極的な取組の蓄積がはじまるようになったなか、9月を迎える。この夏休み期間をはさんで、配偶者の勤務などの都合で、担任英語教師の交代がいくつかのクラスであったのは残念だったが、新しい前向きの教職員の雰囲気は継続発展していった。
  夏休み明けの職員会議では、クラス編成をめぐって難しい論議になることが多かったそれまでとはうって変わり、学習上など難しい課題を抱える子どもも、積極的に担当していこう、という前向きの雰囲気さえ生まれる。

  そんな折、バイリンガルであり、かつ創造的な授業をつくりだす有能な教員が、アメリカから戻り、コーディネイターとしての仕事を展開してくれることになり、教職員間、理事と教職員をつなぐなどで積極的役割を果たしてくれたことが、もう一つの新たなスタートをつくりだした。
  
  
  

Posted by 浅野誠 at 17:59Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年05月09日

校長ふりかえりの記36 動植物たち 

  しばらく間が空いてしまいました。
  この連載もあと数回にしたいと思います。

  今回は少し気分を変えて、やわらかい話題。アメラジアンスクールインオキナワの動植物たちです。

  動物はなんといっても、メダカ。
  これは、大人気です。理科の学習素材としても、楽しみとしても。
  時々、私は自宅からメダカと浮草などを持参して、応援しましたが、なんといっても、担当日本語教員の奮闘が大きいので、私が書くのはふさわしくないようです。

  そこで、植物の話です。
  建物と土地は、宜野湾市の管理になっていますので、宜野湾市の担当者や二階のめぶき職員とも相談し合ってすすめています。そして、年2回ぐらいは、宜野湾市の予算で、草苅作業が行われています。
  それでも、特別の植栽予算が出されるわけではありませんので、めぶき職員の方と植栽をボランティア的にすすめようと話し合ったこともありました。

  まずは玄関脇の植栽ですが、これは、長年にわたってアメラジアンスクールインオキナワにボランティア的にかかわってきてくださった琉球大学の先生の功績が最大です。学校がここに移転して以来のご支援だと思います。
  私が校長に就任する前、日本語教員が、学習素材もかねて、プランターにいろいろなものを植えてこられました。また、学童クラブで、サツマイモを植えたこともあったようです。
  私の就任後、Cクラスが理科授業もかねて、プランターになにかを植えたいというので、私が協力して、トマト・タマネギなどを植えました。同じように、アサガオなどを植えたクラスもあります。
  そんな折、米軍人グループから何かボランティアをしたいという申し出がありました。力仕事でもいい、という話なので、職員と話しあって、周りの硬い土地を耕して、子どもたちが何かを植えられるようにしてもらいました。その際、堆肥を何袋か混入してもらいました。
  そのうえで、クラスごとに土地を区切って、クラスの取組を要請しました。取組はクラスによってまちまちですが、Dクラスが大変奮闘して、いろいろな野菜を立派に育てました。
  私も、自宅からハーブ苗、バナナ苗、サンニンなどをもってきて、植えてきました。

  学校には、緑地は大切だと思います。最近、森の教育力が話題になっていますので、できれば森をつくれればいいのですが、敷地からいって無理です。よく立派な日本庭園をつくる学校がありますが、予算がかかりますし、手入れが大変です。
  子どもたち自身が自らつくっていくことが大切だと思います。その点で、野菜・花・果物づくりなどがいいでしょう。長期の見通しをたてるのが難しい子どもたちには、短期に成果が見えるような取組が好まれます。トマトなどはいいかと思います。それを昼食のサラダなどに加えれば、子どもたちは大喜びです。

  アメラジアンスクールインオキナワの子どもたちも含めて最近の子どもたちは、そうした機会に恵まれません。自然環境を豊かに保障すること、自然環境づくりに子どもたちがかかわること、そんなことを大切にしていけたら、と願っています。
  
     

Posted by 浅野誠 at 09:10Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年05月01日

テレビでの授業レポート、なかなかよかった。

   テレビ見ました。
   数′分の番組だが、日本語英語双方を駆使するバイリンガルで、生徒の活発な討論で展開しているアメラジアンスクールインオキナワの授業風景をわかりやすく報道していた。
   アナウンサーも、こんなに活発に発言する生徒たちに感嘆の言葉をおくっていた。

     

Posted by 浅野誠 at 18:52Comments(1)学校
 

2009年05月01日

5月1日5時50分から10チャンネルで、ハートビートの報道

  たった今、次のような情報が入りました。

「火曜日のHeart Beatの時間にRBCの取材がありました。今夜5時50分からの「The News」の番組で6時05分くらいからAASOの報道があるようです。」

  「ハートビート」は、アントン先生によって、昨年来行われてきた「総合学習」、とくに「地球」について学ぶ授業です。
 ぜひごらん下さい。

  

Posted by 浅野誠 at 13:38Comments(0)学校
 

2009年04月18日

校長ふりかえりの記35 多岐にわたる教職員の業務 

  教職員の仕事全体を理解するために、校長在任中に、2~3度、業務一覧を作成しようと試みた。これを見て、教職員自身が、全体のなかでの担当の仕事の位置を理解するのに役立てようとも思った。
  しかし、中途半端なものに終わってしまった。それは、実際、多岐にわたるだけでなく、担当の教員の特性にもからんで変化するという面もあるからだ。
  
  中途半端な面を免れていないのだが、2008年8月段階で作成したものの半分ぐらいを載せてみよう。全部を載せると膨大になりすぎるからでもある。
  また、これを作成してからすでに1年近くなるので、大きく変化発展したものも含まれる。
  また、英語で書かれた部分もあるが、その大部分は割愛した。


アメラジアンスクールインオキナワ教職員業務一覧
    edited by Asano    2008/08

略号
E・・・・classroom teascher in mainly English language 担任(英語)
J・・・・・teacher in mainly Japanese language  日本語による授業担当教員
S・・・・secretary   事務業務 
C・・・・coordinator 管理調整業務
P・・・・principal   校長 

[Ⅰ]教育活動

A Curriculum coordinating  (C、P)

・カリキュラム編成創造
 とくに担任教師、および日本語教師が行う言語教育以外の科目についての調整創造

・時間割編成、教育活動時間の調整 
 日本語授業の時間帯
 今後、AASO独自カリの試行的創造のなかで、工夫がもとめられる。
 昼休みのブレークタイムとランチの時間調整
 クラブ活動の時間設定

・教育活動の評価

・生徒の学習活動の評価
   
B Teaching English and other subjects in each classroom (E)
  Management of class

C 日本語授業  (J)

D その他の授業  (担当教員)
 総合学習「ハートビート」
 ESL

E Events 行事 (担当教員)
  外部からの支援によるもの(※)と、自主的企画がある
4月 入学式・始業式
 ベンチャークラブによる行事※
5月 スピーチコンテスト
6~7月 社会見学・遠足 ※のことがある
9月 ファンデー(プール) リージェントクラブによる ※
10月 ソロプチミストによる健康診断 ※
    1学期修業式 2学期始業式
    ハローウィンのコスチューム祭り
11月 AASOフェスティヴァル 
12月(第3、または第4土曜日) リージェントクラブによるクリスマスパーティ ※
1~3月 社会見学または遠足
3月 卒業式・修業式

宜野湾市による出前コンサート(2007年は12月、2008年は6月) ※
ほかにクラス独自の行事がある。保護者の承認をえるため、マンスリースケジュール掲載が必要。そのために、前月半ばまでに提案のこと
学校間交流が行われることがある。
 公立学校からの要請で行われるが、AASOにとってどの程度有意義かを見極めて受け入れる必要がある。
 
Monthly Assembly 第一月曜日を定例とするが、変更あり。始業式・終業式などがあるときは、そこに合流
 8時50分開始
  校長からのメッセージ
  校歌斉唱(随時)
  誕生プレゼント
  表彰
  教師たちからのメッセージ
  特別企画(クラスでの学習成果の発表として、スピーチや踊りなどが行われる)

F  クラブ活動(担当教員)

G 生徒組織の指導 (担当教員) 

H Guidance Counseling and Conference (C、E、P)
 不適切な行動をする子どもへの対応
 生徒/保護者との面談  
 学習に遅れがちな子どもへの対応

I 進路指導  (関係教員)

J アフタースクールプログラム(担当教員)
 
K サマースクール (担当教員) 

L 教育活動の管理  (C、P補佐)
 各教室の巡回と生徒・教員のサポート
 レッスンプランの点検管理
 担任教師の遅刻・早退・欠勤の場合の補助教員
 学校暦の作成 
 年間スケジュール 1月作成
 月間スケジュール 毎月20日までに作成し、保護者配布  (S、C)

M ボランティア対応・管理 (C、J、アフタースクール担当教員)
 ボランティアタイプ
  日本語授業補助  学生、社会人
  英語クラス補助  学生など
  養護教諭 学生など
  長期滞在型  
  インターンシップ
  専門的援助  性教育授業など
  国際協力NPO 
  音楽授業
  アフタースクール 受験学習 院生・学生
  学童補助 シグマ・ソサエティなど
  Legion club  Chaplains 海兵隊 空軍  など
  ベンチャークラブ
  ソロプチミスト
  幼きイエス会
  ほか多数
  
N 新入生受け入れ・クラス編成 (C、P、担当教員)
  クラス編成

  入学希望者面接・入学許可判断 
   二人以上で行うことを原則とする。
   面接の際に必要事項
   資格要件(アメラジアン 国際児)
   英語力の判定
   二カ月間の仮入学期間
   公立学校との連絡を保護者自身が行うこと
   アメラジアンスクールインオキナワの原理にもとづいて、保護者自身が学校の活動に積極的に参加すること 
   その他
  ウェイティングリスト

O ファカルティミーティング (C、P補助)
 アジェンダ作成と司会

P 研修・研究
  校内対象 
  校外も含めた対象
  各種研究集会への参加
  研究報告、実践報告(委託研究補助金の報告書対象も含めて)
   課題の理論的処理・問題提起

Q 全体の統括 問題提起 対外的代表 (P、C)
  教職員の教育活動の促進・援助・激励・問題解決
  教職員間の関係発展 


[Ⅱ] 事務、物品・施設管理   

A 事務業務 (S、C)
 電話・郵便物対応
 礼状、挨拶状作成送付  Christmas card and New Year Letter
 文書作成管理 
 出席記録作成と公立学校への送付
 授業内容と生徒の学習記録の翻訳と公立学校への送付
 ホームページ、ブログの管理運営 
 寄付記録の作成管理 
 授業料引き落としシステムの対応
 学校関連報道などの記録保存 
 ケータリングサービスの補助 
 スクールTシャツの注文と頒布管理 
 職員室・事務室の清掃管理
 諸物品・器具の清掃管理 
 鍵の管理
 転校生の成績証明
 保護者の承認書の作成 写真撮影・校外学習など
 通訳、翻訳など

B 施設・物品管理 (S、C、関係教員)
 建物・施設・物品の管理 
  修繕依頼などを含む
 教材・物品購入
 校舎の開閉(全教員) 
 二階使用
 ヤード使用
 学校園 庭の植物(全教員) 
 清掃指導管理(全教員)
 安全確保 避難訓練
 台風時を含む災害時対応


[Ⅲ]保護者・保護者会・支援組織への対応、外部への対応

A 保護者対応 (C、S、P、必要に応じて関係教員)
 保護者との連絡
 出欠・遅刻・早退などの連絡。
 学校からの連絡 含むincident report
 保護者との面談
 進路問題、子どもの不適切な行為への処置

B 支援組織の対応(C、S、P)
 「アメラジアンの教育権を守る会」の事務
 ニューズレターの編集と作成など

C 関係諸機関との連絡調整など(C、S、P)

 教育委員会 県・市町村
 生徒の在籍校
 進学希望先の高校など
 Dodds
 てぃるる 男女共同参画担当
 宜野湾市企画部
 児童相談所などの福祉関係機関
 警察・消防署
 交流機関・組織との対応
 交流事業 対象の公立学校

D 学外者との対応(C、S、P)
 訪問者への対応
 見学希望者への対応
 寄付・支援・交流事業の申し込みへの対応
 メディア対応
  訪問取材
  テレビ取材
  出演依頼
 卒論・修論など調査研究申し込みへの対応(理事)
 
[Ⅳ]理事会との関係業務
 理事会業務への対応(C、S)
 資料・文書作成など
 教員採用にかかわる実務(S)

  
    

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2009年04月15日

校長ふりかえりの記34 多文化社会にふさわしい公立学校へ

  アメラジアンスクールインオキナワは、日本の公立学校に対して先駆的位置にあると思う。
  どうしてかというと、日本は多文化社会であるのに、いまだに単一文化的性格が濃厚どころか、それを「奨励」しているのが、日本の公立学校の現実だからだ。そうした公立学校が多文化学校へと転換していく課題を追求するうえで、アメラジアンスクールインオキナワは、多文化学校として先駆的位置にあるからだ。
  世界的にみれば、公立学校が多文化的性格を強め、むしろそのほうが一般的になりつつある。そうした視野をもって考えてほしい。
  
  日本では、多文化教育をすることに対して、保護奨励の措置が大変薄い。一般の公立学校に比べて雲泥の差である。だから、困難である。
  最近、沖縄でも、また他の地域でも特区の枠のなかで「多文化学校」に公立学校的性格を与える「実験」が行われている。ただし、それらの学校の大半が、高額な授業料を支払える「富裕層」の子どもを対象にしている。沖縄でもそうした学校をつくられようとしている。
  そうした学校設立についてのコメントは、昨年夏のブログ記事に書いた通りだ。

  それに対して、アメラジアンスクールインオキナワの子どもたちは一般庶民の子どもたちだ。富裕層とは対照的だ。富裕層の親が、バイリンガル教育を先駆的にしているアメラジアンスクールインオキナワへの入学を打診する例が増えているが、学校の趣旨をお話して対応している。
  バンリンガル教育とか、多文化教育は、「リーダー」「富裕」層だけに必要なことではない。むしろ一般庶民こそが必要である。世界をみてみればいい。国境を超えて多くの人々が動いている。日本にくる「外国人」も「富裕」層はそれほど多くない。むしろ庶民が圧倒的だ。そうした庶民どうしが、多文化社会のなかで交流共同していけるようにすることが大切なのだ。

  このように公立学校に対して先駆的位置にあるアメラジアンスクールインオキナワだから、公立学校の教職員や教育委員会の方々が、アメラジアンスクールインオキナワの先駆的実践に学びにこられることは歓迎すべきことだ。実際、関心をもち訪問される教職員は結構多い。アメラジアンスクールインオキナワとの交流をもとうとする公立学校もそうしたことに関心をもっておられる。

  そんな意味では、アメラジアンスクールインオキナワでの研究会は、学外の方々にも参加をよびかけるようにしてきている。2008年夏の英語教育研究会などがそうだ。
  
  こうしたなかにあるので、アメラジアンスクールインオキナワについて研究関心をもつ若い学生・院生が増えてきていることは大変喜ばしいことだ。しかし、あまりにも多すぎて、実際上は歓迎できないほどである。

  そうした方々への提案。まず多くの先輩たちの研究が積み重ねられている。それらをまず調べて読んでほしい。
  最初は、社会的関心からスタートすることが多いだろう。あるいはバイリンガル教育についてスタートすることが多いだろう。
  ときに、研究関心が「社会派」と「教育実践派」に二分されることもある。片方のみのアプローチでもう一方がない、ということが多い。できれば、この両者を絡み合わせる研究があってもいいと思う。

  こんななかで、アメラジアンスクールインオキナワの教職員のなかに、大変高度な研究関心をもちつつ、大変具体的で創造的な教育実践を展開している若い方々がいる。そんな方々の教育実践と研究からおおいに学んでほしいと思う。
  そうした意味では、1~2年という長期にわたってボランティア教育実践をしながら、かかわるアプローチも有効だろう。

  

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2009年04月14日

校長ふりかえりの記33 親がつくる学校の実質化 夕方研究会

  私は、NPO法人アメラジアンスクールインオキナワが、学校運営だけでなく、NPO法人としての多様な活動を展開することを期待してきた。その一環として、研究会を開くことを提案し、当初の数回私自身が企画運営にあたった。
  そこにこめた願いは、親がつくり運営する学校としてのアメラジアンスクールインオキナワという基本をもっともっと確立発展させたいということにあった。
  その背景には、親がつくった学校でありながら、結果的に、限られた親に負担が集中し、その親たちも我が子を卒業させていたので、「現役の親」がもっともっと活躍するような形にしていきたいということがあった。

  ということで、保護者会活動の確立定着のためのサポートを行ってきた。実際、保護者会は確立発展をしてきた。とはいうものの、保護者としての活動の経験は浅く、もっともっと経験にもとづく知恵とエネルギーを蓄積させていく必要があった。
  そうしたことは理念で出発するのではなく、親相互のつながりと共同活動の蓄積のなかで生まれてくる。そして、親たちは多くの苦難と夢を共有しているはずだが、それを交流共有する機会があまりにも少ないので、その場として、「夕方研究会」が活用できれば、と考えたのだ。

  しかし、8月に「家庭学習」をタイトルにした夕方研究会は、うまくいかなかった。
  考えてみれば、あたりまえだ。「研究会」という名前そのものが硬い。そして、親自身が集まるには、親自身の自主的な動きが基本なのだ。親でもない私が世話を焼くスジではないのだ。

  「研究会」と名付けてしまったので、結果的にいうと、4回の集まりは、現役の教職員・理事、そしてボランティア活動にかかわり、また「研究」的な関心をもつ学生・院生が中心になってしまった。
  もっと井戸端会議、ユンタク的な集まりのほうがいいのだ。実際、親の皆さんは、子どもの送迎時間や、いろいろな形で「集まり」をもっておられた。こうしたものを積み上げていくことこそが大切なのだ。そしてそれが結果的に学校を支え、つくり上げていく力になっていくというのが道筋なのだ。




    

  

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2009年04月14日

このブログのなかでアクセス数の多かった記事

  このティーダブログでは、ブログへのアクセス数が記事ごとに示される。
  そのなかで数が多かったものを抜き出してみた。
  「エイサー」(2008年11月25日)のように、アメラジアンスクールインオキナワに関係なく検索にひっかかりやすいキーワードなどのものを除くと、次のようになる。

  10周年での私からのメッセージ 記念式典でのあいさつ    2008年6月2日
  いじめられている外国人の子ども そして アメラジアン     2008年12月4日
  本土からこられた入学希望者のお母さんと面接          2007年9月29日
  学校文化の違い--アメリカと日本 子ども達の「ケンカ」の際 2008年6月29日
  教員募集 ちょっと詳細                        2007年11月25日
  殺到する調査研究申し込みに苦慮する               2008年8月10日
  養護教諭のボランティア募集                     2008年4月23日
  校長ふりかえりの記21 「外国人」いじめと公立学校のいじめ 2009年2月25日
  外国人の子どもへのいじめの問題                 2009年2月22日
  6月1日10周年記念行事 ボランティア経験の方々 参加大歓迎 2008年4月30日
  卒業生の話を聴く                           2008年7月21日
  母語として、日本語も英語も学ぶ                  2008年3月12日
  スピーチコンテスト                           2008年5月28日
  アメラジアンの生き方                         2008年7月2日
  当事者=アメラジアンとその親がつくる学校            2008年10月17日
  教員募集                                2007年11月18日
  アメラジアンの受入れを公立学校が渋る例            2008年9月12日

  アメラジアンスクールインオキナワへの関心のもたれ方が反映しているだろう。
  研究者的色彩が濃い私のありようも反映しているかもしれない。
  また、教員募集への関心の強さも注目される。
  外国人の子どもへのいじめ問題にも関心が高い。
       

 

2009年04月13日

校長ふりかえりの記32 学校の発展と学校を支える人たち

  新年度に入り、先のブログ記事でも書いたように、学校は活性化していく。
  先の記事と多少ダブるが、4月末の理事会に向けて、私は、教育活動について次のように報告提案した。
  その要点は、こんなことだ。
  
 --- これまで、アメラジアンの親と子ども自身の「やむをえざる」要求に対応するために、大変難しい状況のなか、いろいろな方々の献身的な奮闘によって、ある意味で「自転車操業」的に、学校をつくり維持してきたが、10周年行事を迎えるにいたるほどに、成果をあげてきた。
  とはいっても、この学校を維持し発展させていくためには、献身的な個人の奮闘に支えられるというよりも、多くの学校関係者、とくに保護者自身・アメラジアン自身がかかわり支えあうことで、学校を維持発展させていく体制へと、たとえ少しづつであっても、移っていくことが必要になっている-------
というメッセージだ。

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AASOの教育活動 2007年度後半から2008年度前半

1)10周年を迎え、次の時期への方向を出す必要があるかもしれないが、「手探り」「自転車操業」でしたきた、これまでと事情はそれほど変わらないので、大きな方向性を示すということは難しい。

2)しかし、ここ半年間、次のような新たな芽が生まれてきたので、それを発展させながら、4)以下のことを考えていってはどうか。
⒜ 保護者会の確立と発展  象徴 ケイタリングサービスのスタート
⒝ 生徒組織のスタート
⒞ 招待行事だけでなく、AASOフェスティヴァルなど、自ら創り出す新しいイベントの創造・積み重ね
⒟ 校則改正作業
⒠ 新スタッフによる新しい創造のスタート
⒡ アフタースクールプログラムの多様化豊富化に一歩を踏み出す
⒢ ボランティアの継続広がり インターシップ企画も

3)社会状況の変化と教育政策の変容
⒜ 「国際化」「多文化」状況の広がりのなかで
⒝ 県内における関心の高まり マスコミ他 
⒞ 県外からの関心の高まり 多文化教育フォーラムなど
⒟ 広汎な支援団体の継続
 
4)「やむをえずして、学校をつくり維持してきた」のであるが、そのこと自体が、創造的であることを再確認し、さらに維持発展させたい。
  ⒜ 「親がつくった学校」 それを軸にしながら、「すべての学校関係者によってつくる学校」として、さらに発展させたい。
  創設者の母たち+積極的支援者+教職員たち に加えて、卒業生(アメラジアン)+生徒たち+すべての学校関係者たち(含むボランティア) 
  とくに、卒業生(アメラジアン)自身による学校づくりの比重を高めていくこと
  ⒝ 「バイリンガルの学校 ダブルを誇りとする学校」である。その中味を充実させていきたい。これまでの「やむをえずの対応」のなかで、事実として創り出してきた積極的要素を意識化し、それを積極的におしすすめること。カリキュラム・教育方法・学校運営・学校行事・NPO行事などとして
  学校内だけでなく、諸学校などと提携協力を、協力申し出を受け入れるというだけでなく、こちらから積極的に提案して協力関係を築きだす要素も少しづつ入れていくこと。

5)一学期(10月はじめまで)は、以上のことについて、試行的なものを含めて、研究討論をしていきたい。とくに夏休み期間に集中的討論(一泊二日の研究会など)を行い、多少の新プランができあがればいい。その内容としては、
  保護者会の発展  現役親の学校づくりへの積極的関与  保護者会の自主企画の試み(例 子育てアイデア・悩み交流会  親子共同キャンプ)
  生徒組織の発展
  教職員の教育活動発展のための促進体制の発展
  カリキュラムの検討  日本語・英語のダブりと不十分個所への着手
  英語による教育と日本語による教育の相互協力・協同の追求
  スタッフ体制の整備改善
  アフタースクールプログラムの充実発展
  NPO事業の着手  NPO組織の充実(とくに理事会)
   
6)二学期には、多少の新機軸を出せることを目標とする。
 象徴的な企画としての10周年記念行事 そして、秋のAASOフェスティヴァル
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  この後の実際の歩みは、このテンポよりもう少しゆっくりではあったが、この方向へと歩んでいくことになったといえよう。
  それは、多少はゆっくりであったとしても、アメラジアンスクールインオキナワにとっては、実に大きな歩みとなるものであった。
  ということで、1学期、学校はいつも動いているという感じさせるものとなっていった。
  いろいろと難しい問題にも日常的にぶつかるわけだが、一部の人だけが抱える「内向き」のものになりがちであったそれまでの状況に少しづつ変化が生まれ、多くの関係者が情報を共有し、共同連携して活動を展開する「外向き」の様相を示しはじめたといえよう。
  こうして10周年を迎え、「次の10年」をつくる歩みへと向いはじめたのだ。
  

Posted by 浅野誠 at 19:54Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年04月11日

校長ふりかえりの記31 2008年4月からの学校の発展と私

  少し間が空いてしまいました。このシリーズも、あと10数回ぐらいになりそうで、できれば5月には終えたいと思っています。よろしくお願いします。

  4月の新年度スタートを迎えて、学校は、〈どんどん〉成長はじめた。
  外からのドネーションによる行事だけでなく、学校自らがつくりだす行事が目白押しに続いたことがそれを象徴する。
  生徒会主催のスポーツ行事
  「マイ・アイデンティティ」の講演会
  ベンチャークラブのドネーションによる目島興作さんのおもちゃづくり
  スピーチコンテスト
  そして、なによりも、10周年行事という大きな行事があった。

  そんなアクセント・インパクトの強い行事の間に、日常の授業・生活なども大きく発展していく。
  たとえば日本語授業の新しい展開が、多少の試行錯誤をへながら、進行していく。なによりも、長期にわたって小学校教師をつとめられてきた方たちが、スタッフに加わったことが大きかった。生徒の進度のすごい多様さに対応するために、個別授業が大半を占めた状況に変化があらわれ、集団授業がかなりの比重を占めるようになった。
  また、先にも紹介したが、アフタースクールの企画が整備充実していく。クラブ活動の充実は、生徒に活気をもたらした。

  こんななかで、学校の「評判」が広がっていったためか、新入学希望の問い合わせが増え、実際生徒数の急増状況が生まれてくる。そして、夏ころになると、それまでもあった教室などの狭さが一層激しくなる。

  こんな風に、学校は発展していくのだが、それに対応して、私の仕事も変化していく。2007年は、学校の状況把握、2008年1~3月は、方向の模索・提案が中心だったが、この時期になると、教職員・保護者・理事会・生徒の動きが、「ぐんぐんと」すすんでいくなかで、それらをサポートする対応という感じになってきた。
  そして、この時期、バイリンガルで教職員の教育活動をコーディネイトする役目を果たす適切な人がおられなかったことも、私の業務の忙しさに「しわ寄せ」が強まった。無論、バイリンガルの教職員のサポートがあったので、助かったのではあるが。

  このような学校の教育活動の充実のなか、それに反比例するかのように、5月ころから私の身体に黄信号がともりはじめる。6月の人間ドックにはそれが鮮明に出る。
  ということで、校長退任の申し出を、理事会にしたのもこの時期だった。それは、退任承認まで公表しなかったので、9月の公表の際には、皆さんをびっくりさせることになってしまったが。

  

Posted by 浅野誠 at 11:48Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年04月01日

校長ふりかえりの記30 学校の雰囲気・流れの変化    

  校長就任して3、4ヶ月は、ともかく学校の様子をつかむことが、私にとっての最大の課題だった。
  学校で出会ういろいろなことがどんなことを意味するのかもよくつかめないことが多かった。とくに私に個人的に語られることの意味はつかみにくかった。私にはそれらへの対処がしにくいことも結構あった。
  対処の仕方がわからないことは、できるだけ多くの方々の意見を聞くことにしてきた。そして、情報をできるだけ共有しながら、いい知恵を集めることを大切にし、そこで出てきたいい知恵で、ことがらを前進させていくことにした。秘密が多い組織は「おかくしくなる」という考え方が私にはある。
  ということもあってか、私に、いろいろな相談が舞い込んできたように思う。と同時に、相談しても、スパッと解決策を出すわけでないこともわかってもらえるようになってきた。それだけに、逆に不満もたまって、爆発されることもないわけではなかった。
  そんなトラブルめいたことも含みながらも、学校のメンバー、とくに教職員が共有することが少しづつ増えていったように思う。
  そして、そんなプロセスと並行しながら、全教職員からの意見・提案を聞く作業をすすめていった。それは、この連載のなかで報告してきた通りである。

  それらのなかで、ともかく意見をだし、話し合おうという雰囲気が少しづつ広がっていったように思う。教職員それぞれが、自分のクラスのなかで、授業のなかで、業務のなかで、それぞれが考えていることをやるにとどめずに、それを広げて共有していこうという雰囲気が少しづつだが広がっていったように思う。

  そんな雰囲気が少しづつ広がっていくが、教職員の勤続年数が短いということを反映してか、情報や協同作業を共有しはじめては、教職員の退職で途切れてしまう、ということで口惜しい思いをしたことも結構あった。とくに長年にわたって、この学校に相当の実績をつくられた方が退職された時は、現実的に困る事態があり、退職後にもかかわらず、電話で相談したり、学校にきていただいて教えていただいたりすることもあった。時々学校にきていただいたり、ときにはボランティアでクラブ活動などを指導していただいたりした時もあり、とてもありがたかった。
  とくに、業務にしても、個人的にしても、教職員相互の関係をつなぐ役目をとる人が退職する場合は、大変な思いをしてきた。たとえば、日本語も英語も使える人は、日本人教員とアメリカ人教員をつなぐ役目をとることになるが、そういう役目をとる人がいなくなる時に、かなりつらい思いをさせられたのは事実である。私の英語能力が弱いためにである。
  この学校では、とりまとめ役、つなぎ役、コーディネイター的役割がおかれたこともあるが、通常の学校にある「教頭」「副校長」「教務主任」にあたる人がおかれていなかったから、校長がいろいろなことに直接対処するケースが結構あった。
  教室の窓のかぎの閉め忘れがあったと、建物を管理する宜野湾市の守衛から、我が家に電話があったことも結構あった。
  私がこんなことについてグチをこぼす相手、代替してくれる人がいない時期がかなり続いていた。私のグチを聞き役はもっぱら理事の方々がつとめてくださったように思う。ありがたかった。

  それでも、新たに教員になってくれた方々のやる気あふれる清新なものが、新たなエネルギーをくださることもあった。無論、なかなか学校に馴染めず、2、3ヶ月以内という短期間でやめられる方も何人かおられた。事情を聞けば、「そうなのか」と思うしかないし、NPOでボランティア的要素が多分に含まれる、この学校ではやむを得ないことでもあった。

  こうした流れのなかで、2007年12月1日のAASOフェスティバル成功の後ぐらいから、学校の雰囲気に少しづつ変化が見えはじめたと、私は思う。個々の教師が個々の業務を遂行し、そこで充実感を得るということにとどまらず、情報と活動を共有しあいながら、教育実践を協同してつくっていくという雰囲気が芽生え広がりはじめていったのである。
  偶然ながら、その時期が、私の全教職員へのインタヴューと重なり、この時期あたりから、新たな教育実践を「協同創造」していく雰囲気が広がっていったと思う。
  そのなかで、長年の積み残し課題への対応だけでなく、新たな課題に取り組もうという動きが出始めてきた。その象徴として、生徒会選挙があり、校則改正作業などがあった。また、それらと並行して開始されたばかりの保護者会活動が活発になっていったことも、学校に新しい雰囲気をつくりはじめていったと思う。それは、各クラスでの取り組みにも反映していたと思う。12月末に、あるクラスが転校生徒の送別合宿を、教室で行ったことなどが一つのさきがけになって、3月にはクラスごとの独自行事がもたれたりした。

  こうした過程で、2007年春から夏にかけての生徒数激減状況にストップがかけられ、秋には微増状況が生まれ、2008年に入ると、新入学希望が多く舞い込んでくるようになる。
  そして、2008年度のスタートを迎える。

   
  

Posted by 浅野誠 at 20:24Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月31日

校長ふりかえりの記29 アフタースクール事業   

  授業終了後、保護者が迎えにくるか、バスや徒歩で帰宅できる子ども以外は、多くの場合、一つの教室と遊び場などを使って行われる学童クラブ(英語では、Latchkey schoolとよんでいた)に参加していた。
  また、それ以外にも、高学年の生徒に対して、いろいろなプログラムが用意されていた。それは、必要に迫られて誕生したものといえよう。

  そうしたものを発展的に整備していくことを願って、私はたとえば次のような計画を作成し、理事会や教職員の検討を要請してきた。

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「アフタースクール」計画  2007/12/19 浅野誠作成

1)これまでの「Latchkey school」ならびに放課後の諸活動を引き継ぎながら、NPOとしての活動を充実させる方向で検討する。
2)Latchkey school という表現は、ふさわしくないし、実際に通用しにくいものなので、とりやめる。
3)4時までの「学校」として活動とは別に、NPOの事業として推進する。そのなかには、親向け・卒業生向けなどの分野と、主として在校生対象の分野のふたつを置く。

4)主として在校生対象のもの 4時(3時30分)~6時
a)遊びを中心とするもの
b)学習を中心とするもの(ホームワークをすることも含めて)
c)特別プログラム  なにかの共同創造(サマースクールのイメージ)
d)JSLおよびESL 進度別に2クラスほどに分けて、各々週2回開催 
e)受験対策  AASO塾
f)英検指導 英検受験
g)クラブ活動 (4時以前と4時以降にまたがるものが多い)

5)主として若者・大人対象のもの  6時(5時)~8時
a)卒業生のたまり場 (卒業生でないアメラジアン若者を含む)
b)保護者のたまり場 保護者活動
c)アメラジン問題の相談 法律・人生・生活相談などいろいろ 
d)講演会、セミナーなど 
e)教育活動についての研究会 (アメラジンアンスクールインオキナワ以外の教職員の参加歓迎)
f)英会話教室

5bを除いて、いずれも有料とする。5aは会費制にする
全体を管轄するコーディネイターを置く(アメラジンアンスクールインオキナワ理事が好ましい)。教職員と兼務することがあってよいが、出勤時間は異なる。
職員は、コーディネイターを除いて、現在のアメラジンアンスクールインオキナワ教職員とは別の雇用の形で、非常勤制とする。無論、現在のアメラジンアンスクールインオキナワ教職員で希望するものが非常勤の形でかかわることは歓迎される。 

6)以上の提案は、一度に実施するものではなく、試行錯誤しながら、少しづつ年数をかけて実施していく。
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  これらの多く、とくに4)のほとんどは、それまで行われていたものだ。5)は、私の新提案が多い。とはいっても、c)などはこれまでも随時行われてきたことだ。そして、5)は、「学校」という枠を超えたNPO法人としての活動というべきものが多い。
  ということで、この私の計画は目新しいものではなく、これまでの実績をふまえて、またアメラジアンスクールインオキナワの理念から考えて当然必要とされるものを、一覧表にしたものというべきだろう。

  この提案のあと、いろいろな検討論議が行われ、2008年4月からは、アフタースクール全体をコーディネイトする担当者を置き、まずは4)を中心に発展的整備を行う体制がつくられた。実際、4月に担当者から新たな提案が出され、その後、前進を重ねている。
  5)についても、理事会も含めて、いろいろな形で追求されていった。ただし5)f)だけは追求していない。この追求は必ずしも必要なものとはいえないだろう。



    
    

Posted by 浅野誠 at 11:05Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月29日

校長ふりかえりの記28 公立学校との交流 

  この連載は、ちょうど昨年のいまごろの時期のノートなどを見てふりかえりながら書いている。
  昨年1月ころからは、学校の事情もよくわかるようになり、ブログ記事もかなり充実してきているので、今改めて、このブログに書くことも少ない。校長に就任して何カ月かは、事情がよくわかっていず、ブログ記事も不十分だったので、この連載1~20あたりは、時間を追って書いていた。
  これからは時間とのかかわりは少なく、昨年のブログに書き残したこと、あとから考えたことなどを書いていくことになる。

  私の校長就任が新聞などでも報道されたりして、いろいろな人に知られるようになると、琉球大学で1970年代、80年代に教えた卒業生たちからの連絡、言葉かけが増えてきた。教育学部で教えたので、ほとんどが公立学校の教員になっており、現在40~50歳代の、学校のなかで中心的役割を果たしている例が多い。校長教頭になっているのも多い。、生徒の在籍校の校長が教え子だったりする例も、たくさんでてきた。

  公立小学校で英語が必修化する方向がでてくるなか、公立小学校とアメラジアンスクールインオキナワとの交流を検討する学校もでてきている。基地内学校と交流する例もいくつか聞いている。基地内学校だと、日本語がほとんど通じないので、日英双方通じるアメラジアンスクールインオキナワのほうが重宝がられることもある。
  そんななか、すでに浦添市立宮城小学校との年一回の交流をしているが、その他の学校から、私のかっての卒業生が担当教員をしている関係で、アメラジアンスクールインオキナワに問い合わせの電話があったこともある。

  公立の学校システムのタテマエとしては、アメラジアンスクールインオキナワは、「不登校」の子どもの代替施設ということになっているが、実際のところは、バイリンガル教育が公立学校ではできないために、アメラジアンスクールインオキナワに登校しているのだ。ということで、バイリンガル教育も含めて英語教育を実践している例として、アメラジアンスクールインオキナワが注目されるのだ。公立小学校の子どもが、英語を日常言語として使用しているアメラジアンスクールインオキナワの子どもと交流することで、学べることが多いということだ。
  宮城小学校の交流でもそうした趣旨を含んでいるが、年を重ねると、その日だけ、アメラジアンスクールインオキナワの子どもが公立小学校を訪問して、いっしょのクラスで学ぶというレベルを超えるようになっていく。2008年12月の交流では、アメラジアンスクールインオキナワの教員も、双方の子どもたちを相手に授業をするという企画をもったようだ。

  このように、日本での英語教育、それだけでなくバイリンガル教育・多文化教育の前進のために、交流をすすめ、また共同課題の追求、共同研究の追求などが、いずれ始まるだろうと期待している。場合によって、公立学校の教員が、アメラジアンスクールインオキナワに研修にくるということがあっていいと思う。
  在籍校の担任教員がアメラジアンスクールインオキナワを訪問する例はすでにいろいろとあるが、それを超えた共同実践共同研究・アメラジアンスクールインオキナワでの研修・研究などへとすすんでいくといいと思う。
 

  

Posted by 浅野誠 at 10:09Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月28日

校長ふりかえりの記27 生徒会役員選挙

  1月に入り、いろいろなことが新規にスタートしはじめた。
  その一つは、生徒代表選挙の実施だ。
  それまで生徒の組織はなかった。担任の指導のもとに、クラス単位での生徒の活動はあったが、クラスを超えてのものはなかった。そこで生徒代表を選出しようということで教職員の考えがまとまった。
  といっても、生徒のなかにそれを準備する態勢はできていないので、私と上級生クラスの担任二人とで、選挙管理委員をつとめることになった。
   そこで、おおよそ以下のような「選挙告示」を行った。

  任期は半年
  12歳以上から二人、8歳以上12歳未満から二人を選ぶ
  立候補届け出は1月22~25日
  選挙活動は、22~29日に、掲示板を利用するなどの形で節度をもってすすめること。
  2月1日に、8歳以上の生徒が投票する。立候補者が定数に満たないときは信任投票。
  就任式は、2月4日の全校集会で行う。
  その後の活動は教員・校長のサポートを受けながらすすめる

  立候補者が定数に満たないのではないか、という心配はどこ吹く風で、12歳以上に6人、8~12歳に9人が立候補する。
  ここで、一つ論議があった。ある担任教師がとった学業成績が芳しくない生徒には立候補させない方針をとったことをめぐってである。学業成績が芳しくない生徒は、まずは学業成績改善が必要だというわけだ。
  それについては、統一方針をつくらずに、担任に任せた。
  いろいろな考え方・方針を調整するよりは、まずは実施してみることを大切にしたかったからだ。

  立候補者たちは、掲示板にポスターを貼ったり、名刺型の立候補カードをつくって配布したりして、選挙活動を行った。立候補者が多いので、目に見える動きがあちこちでみられるようになる。上級生には、スポーツ行事を実施するといった方針を提案して、選挙活動をしたものもいた。
  なかには、キャンディを配る立候補者もでた。これについては異議がでてきた。アメリカでは、こうした例はあるという。選挙管理委員長としての私は、今回はキャンディ配布は駄目ということにして、次回選挙のときに、このことのルールを決めるという先送りにして、進行した。

  投票の結果、4人が選ばれた。主として、日ごろの信頼・人気などが反映した選挙結果だった。

  こうして選ばれた4人と、「顧問」としての私は週に一回会合をもった。選ばれた生徒には、たまたま日本語が弱い生徒が多くて、私は苦労することになったが、少しづつ相談し、何をしていくかをつめていった。
  一つは、検討中の校則検討があった。これは生徒会としての討論の場を設けるまでにはいたらず、選出された役員が、自分の考えを私に文書で提出した。

  4月に入って、私が顧問を続けるのもまずいので、担任教師・日本語教師にお願いした。そして、生徒会主催の「スポーツイベント」が4月に実施できた。多分に顧問に「おんぶにだっこ」の形ではあったが、ともかく生徒会主催で行われたという「実績」ができあがった。

  よちよち歩きであるが、こうした動きが進む過程のなかで、上級生クラスを中心に、クラスのなかに「学級役員」めいたものを置くクラスもでてきた。「President」と呼ぶクラスもあった。そして、校則作成ともからんで、class ruleを制定する動きも広がっていった。

  こうして、充実しはじめた職員会議、スタートしはじめた保護者組織に加えて、生徒組織ができはじめ、学校を構成していくうえで不可欠な組織がまがりなりにも出揃った。    

Posted by 浅野誠 at 11:53Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月25日

校長ふりかえりの記26 教員からの提案4 

  教員からの提案シリーズは今回までとなる。

H Relationship with parents 
1) Each teachers need to communicate with parents more often and quickly
2) Teachers should have the ability to e-mail or text message parents with reminders, information, and announcements using the parent’s e-mail or kei-tai account.
3) Parents should be asked actively to participate in school works such as early morning care, after school program and lunch order.
4) Student led parent conferences
5) We need to try to get the parents more involved with the children more communication one on one with the teachers

  これらの提案がなされた2007年11~12月ごろに、保護者の集まりが軌道に乗りはじめ、2008年にはいると、保護者会の活動はめざましい進展をみせていくし、保護者のなかでボランティア的に学校にかかわってこられる方も増えてくる。
  ということで、ここでなされた提案の多くは、保護者自身が積極的に取り組んでいくことになる。当然のことながら、教員と保護者との相互関係が深まってくる。
  その意味では、多くの学校のありがちな、教員・学校→保護者という方向にかたよる傾向は薄れ、相互関係が深まっていく。それらは、それまでも熱心な教員によっておこなわれてきたことでもあるが、このころより、どの教職員も取り組むといった感じになっていく。その意味では、学校のなかにコミュニティ的雰囲気が高まってきたというべきだろう。


I Staff
1) More American volunteers

   英語クラスでのボランティアは、英語が不自由なく使える人でなくてはならない。アメリカ人がいればいいのだが、なかなか人材をえられない。幸いなことに、2008年度に入って、アメリカ長期留学体験をもつ大学生が複数いて、英語クラスでのボランティアをしてくださることになった。また、うれしいことに、2008年度途中から、アメリカ人ボランティアがかかわってくれることになった。

2) Students often do not recognize Japanese volunteer teachers as teacher, and that often causes students not to respect them. How should we cope with it?
3) We should make relationship with association of retired teachers in order to increase volunteer teachers
4) We should make relationship with universities in order to get volunteers continuously through getting credit for volunteer.

    沖縄国際大学と琉球大学のゼミとの提携が続いていて、そこからのボランティアには大助かりだ。

5) Early working shift in the morning should be in turns.

    親の仕事の都合などもあって、子どもたちが、学校の建物が開く前から登校してくる。そのことを心配して、早朝出勤してくださる教師がいたが、それに他の教師もかかわろうという提案だ。その後もいろいろと形を変えつつ、早朝に生徒を受け入れる体制の工夫が続けられた。そして、2009年4月からは、授業時間そのものも30分早めることになっている。

6) Volunteer staff sometimes bothers our educational activities
7) We should listen more to volunteers and give them more chances to use their talent to the full.
8) We should use guest speakers such as AmerAsians who are playing active roles in various places.

    これも、2008年度に入り、いくつか実現しつつある。子どもたち自身のアイデンティティ創造・生き方探索にあたって有意義なことだ。

J After school activities
1) We had better divide into two groups for playing and learning in the latchkey program
2) We need to rethink of lessons for preparation learning in the secondary school term examination after 4 o’clock, because they are overloading Japanese teachers who have those lessons.

   それまでも実質的にそのような方向が模索されてきたが、2008年度より、アフタースクールプログラムの責任者を置き、高校受験対応を含めた学習中心のプログラム、学童クラブ、課外クラブ活動といった、より豊かなプログラムの充実の方向へとすすんでいく。無論、多少の試行錯誤はあるが、この間の前進は大きい。

3) Establishment of learning system for students in special need of Japanese language

   アメリカからもどってきたばかりの子ども、基地内学校から転校してきたばかりの子どもには、このことが不可欠だ。2008年度から、一層充実しはじめたESLと並んで、JSLのクラスをつくることが追求されていくが、スタッフ量の都合もあり、日本語学習の授業時間との関係での工夫が中心の対応にならざるをえなかった。
    
K Fundraising and petition
1) Petition to government for subsidization

  2007年度もそうであったが、2008年度に入り、それまで以上に、理事を中心にしたこの取り組みは大きな進展を見ている。

2) It would be a good idea to try different activities to make money for the school. It would be great to have someone to help with cleaning (major cleaning) maybe once a week.

    清掃はなかなか難しいところをもっている。しかし、少人数の学校であるので、問題はあるとしても、子どもたちはかなり積極的に取り組んでいると、私は感じてきた。生徒による清掃のないアメリカの学校しかしらないアメリカ人教師も、初体験ということで、興味をもって取り組む人が多い。無論、清掃イメージでの日米差、個人差があり、その「文化的調整」を、しばしば行ったりもする。

3) Baking sales, recycling sales, small jobs such as car wash, small donations from parents and friends.

    高学年クラスでは、行事のおりにこうした取り組みをする例がその後増えていく。


L Others
1) Half day a week for free time available to various activities such as faculty meeting, events, heart beat and project leaning

  大変いいアイデアと思い、実現させたくはあったが、日本語授業、英語授業の日程がいっぱいなので、うまく調整できないのは残念だった。

2) Class size could be admitted under 15, and be not over 15
3) Start of our Website
4) Weekly newsletter

  ウェブサイトは、その後実現し、5月にはスタートした。アメラジアンスクールインオキナワらしく、英語と日本語双方での運用である。しかし、それだけに維持更新がなかなか難しく、その点での改善の課題が引き続いている。

5) We need storage for all the stuff around.

  これで教員からの提案シリーズは終わる。
  

Posted by 浅野誠 at 11:22Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月23日

校長ふりかえりの記25 教員からの提案3 

前回の続きだ。

E Faculty Collaboration, Study meeting
1) We need to make area of each teacher’s work clear. Based on them, we need to work together
2) In the outside trip such as ‘fun day’ each homeroom teacher must stay at the place, watch and care students until all students leave there
3) Peer evaluation/visit

  これは実際にやってみた。しかし、なかなか訪問する時間がとれないためか、訪問したのは私が多かった。職員室に掲示板をつくり、訪問で感じたこと・発見したこと・評価したいことなどをポストイットに書いて貼りだした。
  そんなに多い回数にはならなかったが、はじめてのこうした経験はその後に生きていくと思う。また、職員室のなかに教育実践交流の雰囲気をつくりだすことにも貢献したと思う。

4) Occasion to learn from another professional
5) Japanese and Homeroom teachers have plenty of planning periods that they could use to evaluate and observe in the other classroom in our school.
6) The schedule of faculty meeting should be changed to make lesson time secure
7) Study meeting to promote teachers’ activities for not only our staff but also other educators in the public school etc.

   7月には外部講師による「英語教育」講座が開かれたが、それをオープンのものにして、学外からも参加できるようにした。
   また、私の退職後だが、今年の2月には、「外国人の子どもへのいじめ」のフォーラムには、多くの学外者が参加した。
   こうしたオープンな研究会が少しづつにせよ、開かれるようになったこと自体が意義深いと思う。

8) Study meeting for how to coordinate project learning


F Events
1) Multicultural festival

  これに類した企画を、群馬県のインターナショナル・コミュニティ・スクールは行っている。アメラジアンスクールインオキナワに似た学校であり、参考になることが多い。
  教員のなかに、この行事の実施に深い関心をもつ人がいたが、残念ながら退職したので、この企画は実現しなかった。

2) Star student Every week a student will be erected by lots out of students recommended by teachers. All students and teachers should praise her/him. It is effective for entrance examination of high school
3) Anniversary event by all of stakeholders on the foundation day 1st June. It could enable us to build school spirits and reflect on our school history.

  これは、5月末の創立記念日に理事会が中心になって実現したが、子どもたちのスピーチなど教育実践としても位置づける豊かな行事となった。

4) Sport event in some rented place such as a relay of students-parents.

   これは子どもたちからの大変強い要求がある。ということで、4月に設立したばかりの生徒会の第一回目の記念すべき行事となった。

5) Because school is busy in Nov. and Dec., events should be avoided
6) Buddy reading once a month, which senior students support juniors reading

   読書という形ではないが、上級生が下級生の世話をしながら、取り組みを行う機会をしばしばもってきた。
   兄弟姉妹が多いためか、上下、年齢にかかわりなく、仲のいい関係が、子どもたちのなかにあるのは、学校の伝統めいたものといえよう。

G Materials and resources
1) More resources for the classrooms, such as textbooks
2) More novels for students to read as a group
3) A large map of the world and another one of Japan
4) Updated material, for example 9th Global Culture
5) Library should be more organized

   理事会は、要請されれば、可能な限り購入するか、寄付を広く募るかして、教材を集めてきた。問題はそれらを置くスペースがないことである。そのためもあって、廊下図書館になっている。建物を増築するしかないのが現実だ。
  

Posted by 浅野誠 at 17:33Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月22日

校長ふりかえりの記24 教員からの提案2 

前回の続きだ。英文が原文で、日本文が今回私が書いた説明だ。

B Student
1) To raise students as people who will live in the community and Okinawa, we need educational activities deeply connected to the community.
2) AASO takes a more active role in participating in the local community. We should contact local fire departments, television stations, hospitals, orphanages, schools for the blind, parks, senior centers, artists, newspapers, etc. to plan educational field trips and exchanges.
 
  これまで、外に出かける場合は、支援組織の援助にもとづくものが多かったが、自主的な企画としても積極的に展開しようというものだ。実際、この後、県立美術館とか消防署などに「社会見学」にでかける企画が実現していった。
  年度末、授業に一区切りがついたころ、クラス単位に実施したいとの申し出が多くなった。保護者への連絡をはじめ、一定の調整が必要なので、一カ月以前に申し出ることにした。この際も、財政の問題がつきまとうので、経費がかからない工夫も必要であった。

3) Students begin creating daily agendas and a self-improvement plan for the New Year. Aside from the academics, school is also a place for students to learn practical strategies to help them in their lives in general.
4) Students tend to depend too much on teachers. We need students to promote their independency.

  英語日本語の双方の授業で、内容がぎっしりとつまっているので、どうしても、生徒は受身的学習に陥る危険がある。そのことをふまえて、それだけに生徒の自主的学習をサポートし促進する体制が必要である。課外学習を含めて、こうした体制を、4月以降一層充実させていくことになった。

C Class system, Grade system
1) Students success should be determined by their academic level and not their social level. Students should be retained at least once if they are not performing well in academic areas. After they are retained and if they have not shown improvement, they should be tested and moved on to the next grade level

  アメリカ人教員には、こうした考えが多かった。そのあたりでは、3)にもあるように、これまで運用にいろいろと苦労してきた。といってもすべてのアメリカ人教員がそのような考えであるとは限らない。そうした考えとは逆の発想をもつ教員もいるし、最近はその傾向が強まっているようだ。
  こうしたことについては、個々のケースも考えながら、複式編成のクラスが多いことの利点も生かして、柔軟な運用をしてきたのが実情である。
  
2) An ISP—individual service progress---intervention plan should be developed for student based on their needs with goals, services, and expectations for student. For example, tutoring.
3) Historically, our class system has been fluctuating between age-based and academic-performed-level
4) We need to consider the arrangement of Japanese class.


D Classroom management, school rule and school spirit
1) Japanese teachers had better participate in classroom management as sub-homeroom teacher
2) Set some ‘Norms’ for classroom management that would apply to ALL students in ALL classes, homeroom AND Japanese.
3) We need to establish something such as school spirit, school precept and catch phrase.

  これらには、1~4月にかけての校則改正の過程で具体化していったことが多い。
  

Posted by 浅野誠 at 11:39Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月21日

校長ふりかえりの記23 教員からの提案1

  この連載の19で書いた教員へのインタヴューの結果を私は整理して、1月冒頭のFM=職員会議に提出した。これを活かしながら、教育実践をつくっていこうと呼びかけた。
  インタヴューに、提案メモをもってきてくださる方が多く、おおいに助けられた。
  もともとは日本語での提案もあったが、職員会議での「共通語」である英語に、私が訳した。だから、私の訳のため、まずい英語が含まれている点は了解してもらった。
  なかには、正反対の提案もある。その違いはむしろ論議の発展のきっかけになると思い、そのまま掲載した。
  また、インタヴューの時には、すでにスタートしているものもあるし、またその後検討し実施に移していったものも多い。たとえば、5月に行ったスピーチコンテストは、下の6)や9)などを生かしたものだ。

  教職員がどんなことに関心をもち、どんなことを追求したいのか、などがよくわかるものである。膨大なので、全体を何回に分けて掲載することにする。
  
A List of Ideas and Suggestions proposed by teachers in the 2007Nov.-Dec. interviews 2007/12/26 By Makoto Asano

A Teaching and learning, curriculum1) We should share some aims for educational activities.
2) We should create a curriculum that is suitable for population
3) Updated course is more in-line with AASO’s international perspective.
4) 9th graders would be studying some of the same material covered on Japanese, American, and other standard tests.
5) Project learning
6) Events for presentations of project learning in order to promoting both students’ learning and teachers’ study on how to teach.
7) Pair learning
8) Group learning
9) We should give students more chances to express their thoughts and discuss each other in Japanese class.
10) Substitute folders
11) 3-times Heart beat for each class except A-class in this trimester
12) Heart beat need to be hold at A, B and C-class
13) Much differences among academic levels in Japanese class have made ‘Issei’ lesson difficult. We need to establish rough curriculum along student learning level
14) We need to increase lessons on some subjects in addition to Japanese and math in Japanese class.
15) In Japanese classes, we had better place three teachers according to student level.
16) So far, ESL class were formed and sometimes failed. If an ESL specialist teaches it, it could be successful.
17) We need JSL teaching for new students who have just returned from USA.

  

Posted by 浅野誠 at 11:34Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月19日

校長ふりかえりの記22 教員採用

  少し間が空いてしまいました。すみません。

  現役教員から退職届けが出されると、後任を選考することになる。
  私の在職中にも、日本語英語教員ともに何人かの採用があった。
  採用選考、手続きは、NPO法人の理事がすすめる。私も、教育実践にとってどんな人材がいいかという角度から加わってきた。
  
  採用は、公募する。日本語の場合は、県内の新聞紙上、英語の場合は、英語の就職情報誌(インターネットも含めて)に掲載する。日英ともに教員資格をもっていることを条件とする。
  募集しているわけではない時に、何か職はないかとたずねてこられる方も結構いる。類似のNPO法人立学校で働いてきた方、海外で日本語教員、英語教員として働いてきた方などがおられた。そういう方にはまずはボランティアならお受けできるが、と伝えたりする。そして、採用募集があったときに連絡をとったりすることもある。

  実に多様な方々が、多数応募なされる。日本語教員を複数募集したときには、30名あまりの応募があってびっくりしたことがあった。近年の雇用状況を反映もしているだろう。英語教員にあっても、基地内学校の採用減状況が反映しているようだ。
  日本語教員の場合、それまでの仕事は実に多様だ。パートタイムで塾講師などをなさっていた方もいる。若い人では教育関係の職にいろいろと応募なさった経験をもつ方も多い。他に職をもっているが、アメラジアンスクールインオキナワのやりがいを感じて応募なさる方も多い。
  英語教員の場合も、実に多様な地域から、多様な経歴をもった方が応募なさる。海外からの応募も多い。アメリカ本土だけでなく、アジアからの応募が多いのも特徴だ。ただ、アメラジアンスクールインオキナワでは、どうしてもアメリカ英語が中心になるので、アメリカ英語を使える人が優先になってしまい、アメリカ英語でない人の採用は比較的難しくなる実情がある。配偶者が留学生として沖縄におられるケースも多い。また、アメラジアンの方の応募も結構ある。日本語英語のバイリンガルであれば、なおのことよい。
  現実には、配偶者が軍人である方が採用にいたる例が多い。そういう方のなかでも、教員経験のある方を優先することになる場合が多い。

  さて、選考は、まず書類選考をし、面接する方に連絡する。可能な限り多くの方を面接する。履歴書ではなかなかわからないからだ。
英語教員への応募の履歴書は、実にバラエティに富んでいる。日本の場合、よくみられる共通書式で書かれる場合が圧倒的に多いが、海外の場合は、そうではなく、実に多様なのだ。なかには、これまでの勤め先での給与がすべて書かれているものもあった。また、日本の書式とは異なって、年齢・性別を書く事例は少ない。そうした海外の事例と比較すると、日本の履歴書は、かなりプライバシーに入り込み過ぎという感じさえする。
   また、海外の履歴書は、自薦書の雰囲気さえもっており、「私はこのような実績をもち、こんなにも有能なのだ」とアピールするものが多い。
   9年ほど以前に、トロントで在外研究に従事していたころ、知人の大学院生が就職を決定したので、彼が使った就職作戦書をもらったことがある。「Knock them out」というタイトルだった。ようするに、人事採用担当者を「ノックアウト」するくらいの勢いであたれ、ということだ。そんな雰囲気を履歴書で感じることがしばしばであった。

さて、採用の場合に、「やる気・適格性」などと「教育実力」をみることが中心になるが、それ以前にいくつかの必要条件がある。英語教員であれば、英語、日本語教員であれば、日本語の力量をみることは当然のことながら、日本語教員の場合でも、英語力があることが望ましい。
また、給与を含めて待遇は大変厳しいがそれでもOKか、ということの確認も必要だ。
そんな厳しい状況でも、アメラジアンスクールインオキナワとしての「やりがい」を感じて応募する方がおられるのには、感動的ですらある。無論、なかには、アメラジアンスクールインオキナワがどんな学校であるか、ご存じなしに応募なさる方もおられ、面接での説明を通して、辞退なさる方もおられる。

面接を含めて、これらの過程は、私にとって実は大変な業務であった。とくに英語教員の場合、英語での対応なので、とくにそうであった。英語が堪能の理事に依存しすぎるくらい依存してしまったのが実情だ。

こんな風に採用を決定していくわけだが、アメラジアンスクールインオキナワ側にとっても、また当人にとっても、適切であるかどうかの判断は、実際に仕事をはじめてみないと難しい。ということで、試用期間を置いて、その間に双方の判断で、継続するかどうか決めることになる。
実際のところは、アメラジアンスクールインオキナワの側からお断りする例に私は出会わなかった。当人の方から辞退する例には出会った。やはり予想とは異なるものがあったようだ。

アメラジアンスクールインオキナワの仕事は、すごくやりがいがあるが、それだけにそれまでの経験だけでは対応が難しく創造的なものが求められることが多い。ということで、試用期間を過ぎた後も、短期間で辞退なさる方もおられる。また、配偶者の基地勤務の関係で、軍人配偶者の場合、2~3年が限度である。
また、待遇の厳しさもあって、長く勤務を続ける条件ということでは、難しいことが多い。

そんななかにあっても、このところ、年々人材に恵まれてきているようだ。教員経験、やる気、創造性、またバイリンガル性など、いろいろな面で、現在のスタッフはすごく高いレベルにあると思う。その意味で、教職員には頭がさがる思いである。

  

Posted by 浅野誠 at 11:33Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月13日

重松本3 多文化  アイデンティティの創造 

   前々回にも書いたように、著者は、「アイデンティティ概念の発達」という視点をもっているが、私なりにいうと、アイデンティティの創造である。その創造へと向かう過程で、アメラジアンは様々な「格闘」をせざるをえないのが現実だ。その格闘過程のいくつかの局面を、本書は描いている。
   たとえば、
  「英語を話せるようになってみると、自分は沖縄人とみられないのではないかと不安になりました。」
  また、英語も日本語も不十分なままに置かれてしまい、日米の「懸け橋」どころか、「どっちつかずで真ん中に落ち込んでしまっている」ものもいるという。
  また、「アメラジアンにとって、ウチナンチュウのアイデンティティ、アメリカ人としてのアイデンティティに次ぐ三つめの選択肢は、アメリカ人と沖縄人の混合のアイデンティティだ。私の調査では、沖縄のアメラジアンの八五パーセントが自分の中では文化的背景が混ざり合っていると感じていた。」ということだ。

   そうした「格闘」「混乱」をくぐり抜けていくことが求められるのだが、著者は次のように主張する。
   「アメラジアンが自分の人生を変えるためには、両親や沖縄社会の不幸な犠牲者という自己のイメージを捨て去ることが必要だろう」と。そして、あるアメラジアンの次のような言葉を紹介している。
  「私たちは誰しも十字架を背負っています。避けられないことなのです。それを受け入れたうえで、人生を前進していく力と意志を見つけなくてはならないのです。」

  こうしたことは、変化の激しい今日の時代にあって、アメラジアンに限らず、すべての人々が引き受けなくてはならない課題になりつつある。その意味では、アメラジアンは、この課題により見えやすい形で先を切って正面から取り組んでいるのだといえるのかもしれない。

  そうした際に、ハーフとかダブルという表現は、一つの手がかりになろう。ハーフという言葉の消極性を避けて、ダブルという言葉のもつ積極的性格を手がかりにすることは、アメラジアンスクールインオキナワ内外でしばしば行われてきた。私自身もそう語ってきた。だが、そのダブルという言葉にしても、場合によっては、消極的な要素をもつことさえある。
   だから、「ハイブリッドやダブルというアイデンティティは、ある条件を備えている場合のみ適切なのであって、誰にでもあてはまるわけではない」し、「様々な背景のもとに育つにもかかわらず、アメラジアンの子供なら誰もが養わねばならないような、本質的、根本的、遺伝子的アイデンティティなど存在しない。」のだ。
   そして、冒頭でも紹介したように、「アイデンティティの概念を発達させようと取り組んで」いくことこそが重要なのだ。

   著書自身も、自分のアイデンティティにかかわって語る。
   「私は個人的には自分をアメラジアンだと思っている。ハーフでもよい。ダブルでも、まあよい。だが、私はたとえそれが他の人には十分に受け入れてもらえないとしても、日本人としてのアイデンティティも主張したいと思っている。そしてアメリカ人としてのアイデンティティも主張したい。アイルランド人のアイデンティティもである。私は自分を混血という明確な分類に限定することに抵抗する。そうして、純粋な日本人などという明確な分類を信じようとしたり、構築しようとする有害な流れと戦いたい。そして、境界を超えた複数のアイデンティティを宣言する。私は主流となる日本人が、私のような人々を箱に押し込めて孤立させるのを認めたくない。彼らが自分たちは別であるかのような幻想にとらわれ、孤立して安心していようとするのを認めたくない。それが、本書における私のねらいだ。」

   こうした主張の基盤には、多文化市民社会の形成、という課題認識がある。
  「新しい時代において、日本社会にとっての最大の試練は、多文化市民社会の形成だろう。」

   そしてそれは、「各人の内面世界にまで浸透していかなければならない」
   ということは、「自分の中の他者性」に気づき、認めることとも結びつく。

   これらの主張は、私が20年間わたって主張してきた「異質協同」という考え方と、強くハモるものだ。


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Posted by 浅野誠 at 07:28Comments(0)浅野誠個人のこと
 

2009年03月12日

重松本2 日本の公立学校の課題  沖縄人の矛盾

   マイノリティの視点から日本の公立学校をみて、「アイヌ、沖縄人、朝鮮人、中国人、その他の少数派住民についての特別教育は開発されておらず、アメラジアンのような複数の国に関係する子供の関心を満たす教育もなされていない。」P206 と指摘する。
   そしてまた、「個々の子供が持つ物質的、知的、文化的、言語的ニーズに応えるような教育は、適当であるとも思われてこなかったし、可能だとも、必要だとさえ思われてこなかった。」と指摘する。
   指摘の通りである。そして、それらの背景に次のようなものがあることを指摘する。
  「すべての若者に同じように考え、行動しなさいと促す日本の均質性という理念が、現在の教育制度の根幹をなしている。違いというものはほとんど評価されず、いつもグループから除外される原因となる可能性を秘めている」
   
   こうしたことは、日本の本来的な「体質」ではない。ここ「150年の体質」なのだ。歴史的には、内外の多様なものの交流のなかで、日本という地域はつくられている。それを、むりやり「均質」なものにする役割を、公立学校に与えられてきたため、学校教育には、そうした姿勢が強力に残っているのだ。
   そこをどう変えていくか、そのきっかけとして、少数派・マイノリティの存在があり、その意味では、先駆的な役割をはたさざるをえないともいえる。
   このことについては、次の記事でもう一度触れるだろう。

   上でのべたことは、日本本土だけに限定されることではない。「沖縄人」にしても、類似の問題を抱えていることを、たとえば次のように指摘する。
   「アメラジアンの問題は沖縄人にとって両刃の剣なのだ。アメラジアンは基地の男性が生みだした深刻な社会問題を暴く生きた存在だから、米軍駐留反対の武器として役に立つ。しかしもう一つの側面もある。つまり、アメラジアンの子供を苦しめてきた偏見・差別といった沖縄人の加害者的な側面もアメラジアンは浮き彫りにする。こういう点が沖縄人の被害者意識と矛盾しているので、アメラジアンについて議論するとバツが悪い思いがするのだ。」
   そして、「自分たちは被害者で日本人やアメリカ人は加害者、という単純な図式よりも、一歩踏み込んで沖縄の抑圧と現在の差別の歴史を理解することが沖縄の子供には必要だ」

   そして、興味深い次のような指摘を行う。これなどは上に書いた私の考えと共通する。
   「アメラジアンのような『マイノリティ集団にとっての周辺的存在』が、その集団を人間らしくするのにたいへん重要な役割を果たすものだという点に、私は研究を通して気がついてきた。アメラジアンが沖縄に与える影響は、沖縄人が自分を単に受動的被害者として捉えるのをやめ、人間誰しもそうであるように、自分は加害者であるのだと、バランスのとれた考えを持つ助けとなる可能性を秘めている。アメラジアンは沖縄人に自分をもっと全体的に捉える見方を授けることで、『マイノリティ集団の中のマイノリティ』として重要な役割を果たすかもしれないということだ。」

   このような指摘を読んでくると、アメラジアン、そしてアメラジアンスクールインオキナワの「先駆的役割」めいたものが浮かび上がってくる。公立学校は、アメラジアンスクールインオキナワに対して例外的扱いのまなざしをおくるのではなく、逆にアメラジアンスクールインオキナワから学び、ヒントをえて、公立学校そのものを変えていく機会にしていくことが、大きな歴史的世界的視野のなかでは、大変有効だということに気づくべきだろう。

  

Posted by 浅野誠 at 10:26Comments(0)浅野誠個人のこと